2009年08月07日

万博でも人気!の相澤ロボット修復プロジェクトが始動

 
先週水曜、相澤ロボット修復プロジェクトのプレス発表会に
行ってきたんですが、その取材記事がマイコミジャーナルに
アップされてます。

発表会の内容以外にも、次郎氏のあゆみ等いろいろ盛り込んで
みたので、せひ読んでみてください! ということでリンクをば。


記事中にも書いてるんですが、ロボットミュージアムin名古屋で
展示のお願いをしたのをきっかけに、ここ数年、相澤ロボットに
関する資料調査や、故・次郎氏のご長男で大型ロボットたちの
実際のデザインや設計を担当していた研一氏への取材などを
続けております。

大阪万博にも出展、昭和60年代まで全国各地のイベントに登場して
子供たちと触れ合った相澤ロボットは、昭和のロボットのイメージを
決定付けた重要な原型だと思うんですが、なぜか巷ではこれまで
忘れられていた感もあり…ちょっと残念に思っていたのです。

今の目で見ても、デザイン的に新鮮で面白いものだと思うので、
Omnibot Fan Book に続いて、ぜひビジュアルもふんだんに
盛り込んだ書籍としてまとめたいなーと考えております。

そのためにも、今回の修復プロジェクトでもっと世間の注目が
集まってくれるとといいんですけどね。


相澤と言うと、今はのりピー問題で謝罪したサンミュージック社長が
どーもクローズアップされちゃってますけども…(苦笑)

こっちの相澤ロボットも忘れないで! ってことで、
子供の頃の想い出、情報などある方はゼヒご連絡ください!
ひっそりと mixiのコミュニティ もオープンしております…w
 
posted by TECHN'O'TAKU at 17:20| Comment(5) | TrackBack(0) | お仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちは、相澤ロボットをこよなく愛するものです。

素晴らしいレポートです。嬉しくて涙が出そうです。
ロボット達の過去を知りたくても、なかなか情報が無くて困っていました。
おかげで色々な疑問が解けました。本当にありがとうございます。
できればロボット達に会いに富山まで足を運びたいと思っています。


追伸
信介くんと一郎くんの写真が入れ替わってませんか?(5頁と7頁)
Posted by 信介 at 2009年08月08日 06:29
コメントありがとうございます! 筆者です。

過去の記録写真などを見ていると
相澤ロボットと触れ合った子供たちは相当に
たくさんいるはずなのに、今回の記事にも
あまり「懐かしい!」という反応がないな〜
と、淋しく思っていたところだったのでw
筆者も大変うれしいです。

コミュニティにも早速ご参加いただけた
ようで、ありがとうございます。
ゼヒ、相澤ロボットとの出会いや想い出など
情報を寄せてやってくださいませ。

なお、記事を改めて確認しましたが、
信介と一郎の写真は原状で正しいようです。

キャプション中にも書きましたが、一郎には
「僕はウェルカムロボット信介くんです!」
という信介の声が原状入れられています。

おそらく、夕張で展示される際に
間違えたのか、わざとなのか、そのように
されてしまったのでしょう。

自分は、ロボット大科学館に行き損なって
しまったので(一生の不覚です…)、
もし閉館前の展示状況などご存知でしたら
お教えいただければ幸いです。
Posted by TECHN'O'TAKU at 2009年08月08日 08:24
いや、ここまで相澤ロボットについて
まとまった記事は初めて見ました。
資料も少ないのでかなり苦労して取材されたのではないですか。
熱意を感じる記事は読んでて嬉しいですね。

http://blog-imgs-18.fc2.com/g/e/o/geo555/PICT0889welcome.jpg
↑はロボット大科学館で現役時代の信介くんの写真です。
足下に「ウェルカムロボット信介くん」と書いてありますが、
記事7頁の写真(49枚目)では「ガイドロボット一郎くん」になってます。
体育館に移送する際に名札が入れ替わったのではないでしょうか。

次に7頁(50枚目)の写真は「信介くん」となっていますが、
http://blog-imgs-18.fc2.com/g/e/o/geo555/PICT0890.jpg
↑の左奥にいるロボットと同じだと思われます。
残念ながら名前までは確認できませんが信介くんではありません。

つまり「信介くんです」と言っている通り、彼は信介くんです。
少なくともゆうばりロボット大科学館の時はそうでした。
ただ、信介くんの前世が一郎くんだったのかもしれませんが。

なんだかとてもややこしい説明になってしまいました。
相澤ロボットデータベースを作らないといけませんね。

続報にも期待してます。
Posted by 信介 at 2009年08月08日 21:42
たびたびコメントをありがとうございます。

先のコメントでも触れましたように、
「一郎」 には原状 「信介くんです」 という
声が入れられてしまっていますが、
そもそも実際には、マイコミの記事の
とおりで正しいと思います。
そこはさすがに私もしっかり調べましたので…w

http://qurl.com/rn7wd

記事中の上記画像 (雑誌キリヌキ) はじめ
過去のさまざまな資料を紐解くに、
問題のロボットは1959年に 「一郎」 として
最初に製作された大型ロボット兄弟の長男
であることは間違いありません。

1980年代に入ってからのパンフレットや書籍
でも、少なくとも私の確認した資料では
全て 「一郎」 「信介」 は記事のとおりの
関係で表記されております。

夕張に寄託されたロボット一覧のデータ、
大科学館のパンフなども確認しましたが、
そこでも問題の彼は
「ガイドロボット 一郎くん」 でした。

やはり夕張での展示中に入れ替わって
しまったと考えるのが妥当でしょう。

相澤研一氏も大科学館のオープン初期には
夕張の現地に行かれていたようなので、
果たして公認なのかそうでないのか、
どういう事情でそうなってしまったのかは
現時点では分かりませんが…

私としては、ロボットひとりひとりの
誕生日・身長・体重まできちんと記録して
いた生みの親・次郎氏の意思を尊重したい
ので、あくまで彼は「一郎」であるべきだと
考えています。

信介さんが最初に彼を大科学館で見た時、
「ウェルカムロボット 信介くん」 だと
認識した時はいつだったか、
mixiのコミュニティの方ででも
お教えいただければ幸いです。
Posted by TECHN'O'TAKU at 2009年08月08日 23:02
一郎くんが信介くんになった経緯はぜひ知りたいですね。
台詞まで変えたのだから何か意図があったのでしょう。
オリジナルの一郎くんに戻すのに反対ではありませんが、
私にとっては信介くんだったので、とても複雑です。
ロボット達の人生にも色々なことがあったんでしょうね。
Posted by 信介 at 2009年08月09日 23:44
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。